人生のアディショナルタイム



久方ぶりの、ブログ更新。

こんばんは。直子です。

去年、自分の誕生日に寄せて書いた記事。
私事過ぎて、公開しなくてもいいかな、と思ったのですが、
今読んでみたら、せっかく書いたから、投稿!

↓↓↓
八幡屋で長年にわたって働いてくれているたまちゃんは、
あと2〜3年で、お母さまの亡くなった時の年齢に追いつくそうです。
「私はそこまで生きれば十分。それ以上長生きはしたくないの。」
と言います。

何言ってんの!健康なんだから、まだまだ頑張って!
孫もまだ小さいんだから、当分倒れてなんかいられないでしょ!
といつも言います。

でも、実は私も、たまちゃんの気持ちがわかります。
私も、数年前から、母の享年に追いつくカウントダウンが始まっていました。
母は、48歳の誕生日を翌月に控え、47歳で永眠しました。
今の時代、一般的に言って、若すぎる死だと思います。

母が亡くなったその時、私は就職1年目、弟と妹は大学生でした。
まだ半人前と言えば半人前。
でも、突然放り出されても、なんとかなる年齢ともいえます。
つまり、親としての任務は、完結しなかったとも言えるけど、
やりおおせたとも言えるのです。

そして迎えた、48歳!
2015年2月12日、母の年齢を抜きました。

子どもたちは、大学生と高校生。
親としての任務は全然完結してないけど、
放り出しても何とかなるかな。どうかな。笑

人生の選択に、新基準が生まれました。つまり、
「すでに死んでいる場合との比較」

母が生きなかった人生を生きています。
母だったら、こんな時どうしたかな?あ、死んでるのか!的な。

あまり迷わなくなりました。
でも、案外迷うな。
どっちなんだ!
要は、どっちでもいいんだな。
迷った時、すでに死んでいる場合と比べたら、ほとんどの場合、どっちでもいい。

言ってみれば、私の人生は、いったん終了しました。
あとは、期限が知らされていないアディショナルタイム。
そんな気分。
サッカーの試合なんか見ていると、そこからの大逆転なんてこともありますよね。

大逆転?

とは言っても、昨日までと同じ日常が続いているだけですが…。
というか、スキーシーズン真っ只中、疲れてよれよれですが…。

まあ、大まかなところ、今まで通りの私です。
今まで通り、よろしくお願いします。

↑↑↑↑↑
以上、去年のブログ。
ちょっとなおしちゃった。

そうこう言ってるまに、49歳になりました!
もう、完全にどっちでもいい!間違いありません。
あらゆる場面で、無意識のうちに、すでに死んでいる場合と比べたチョイスで生きている気がする。
子どものころから、この判断基準でやってればよかったな〜。
おススメ。
明石家さんまさんも、そうでしょ?
「生きてるだけでまるもうけ」っていうのは、このことだろうなあ。

ちなみに、たまちゃんは、今年はその話をしなくなりました。
人生、あと1年でじゅうぶん。とは思えないからなんじゃないかな。
と、ひそかに勘ぐっている。笑

疲れてよれよれにならない働き方を、今後は模索していきたいです。


 

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